お腹がすいた人々、食べたくても食べることができない人々、働きたくても働くことがかなわない人々、患う人々、悲しみにくれる人々。僕たちには何ができるだろう。地球に人間が配置されてから今日まで様々な文明が生々流転を続けています。高度な文明もあれば、極めて貧弱な文明もありました。文明の価値は何で決まると思いますか。自己を捨て去り、自分以外の人々への真の愛がその文明の価値を決めるのです。人を出し抜いて獲得したお金がその人の価値や身分となってしまっている今の文明は、人類が経験してきたこれまでの文明の中で何番目にランク付けされていると思いますか。千七百七十二番目です。悲しいことに、これは五千以上あった過去の主要な文明の中でも相当に低い位置づけです。憐れみや慈悲の心は優位に立つ者の驕りの裏返しであり自己欺瞞でしかありません。まるで真空のように澄み渡る心で、日常は意識をしないで呼吸しているのと同様に富める者は分け与える行動をすればよいだけのことなのですが、今の人類のレベルではそれは叶わぬ事なのです。哀しいですよね。これから何十世紀もの間、人類の脳裏に真の愛がゆっくりと時間をかけて刷り込まれ根付いた時、それは遥か未来のことですが、人々の心の中に真の平安が訪れることでしょう。それまでは、人類は、孤独、絶望、嫉み、怒り、空腹、疎外感、嫉妬、恐怖といった負の遺産に苛まれ続けるのです。これは避けられないことなのです。唯一できることは、痛みをともなうことなのですが、私たちの中に眠るἀγάπηのひとしずくを日常の生活の中でほんのわずかでも目覚めさせ未来につなげてゆくことだけなのです。ゆっくりと、ほんとうに少しずつ。