「かにかくに祇園はこひし」 2020.9.14

京都駅を降りてすぐに地下鉄東西線に乗り蹴上駅で下車し、私の今回の旅の最初の目的地である花山天文台に向かった。口径が45cmもある屈折赤道儀に案内してもらい写真に数枚収めさせてもらった。望遠鏡を収納する9mドームは晴れ渡る秋空に映えその雄姿を拝見できただけで十分に幸せだった。次の目的地はラガード研究所だったが、出町柳からバスに乗り北白川あたりで下車し今出川通りを行ったり来たりしながら1時間ほど探したのだけれど、ついに見つけることが出来ず白沙村荘を通り過ぎて銀閣寺まで来てしまった。閉館までのわずかな時間で庭を拝見した後、神山天文台を訪問し星を観望させてもらった。反射鏡の大きさが1.3mもある巨大なリッチー・クレチアン式の白と青に塗装された威厳のある望遠鏡で星を見せてもらえるなど夢のような体験だった。バスと地下鉄を乗り継いで京都駅前の宿に戻り、宿の裏通りにあるビアホールに向かった。店の前には順番を待つ人の列が出来ていたが、幸いなことに1名だけの立ち飲み席が空いたとのことですぐに中に案内された。店内は活気に溢れオレンジ色の電球に煌々と照らされた人々の表情は皆明るく地球上にある幸せがこの一点に凝縮されているかのようだった。ビールジョッキを傾けながらその日カメラに収めた画像を確認しているうちに、これまで一度も訪れたことがなかった夜の祇園をどうしても撮影したくなり慌てて店の会計を済ませ八坂神社方面に向かうバスに飛び乗った。先斗町を通り抜け人気のない夜の祇園を白川に沿って一人歩いているといつの間にか巽橋に来ていた。暗闇の中に大きな石碑がたっている。目を凝らしてよく見ると、「かにかくに 祇園はこひし 寝るときも 枕のしたを 水のながるる」と刻まれている。まだ学生だった私は、夏休みになると神戸の自宅から京都に毎日のように通い先斗町や祇園を散策しては舞妓さんや古都の風景を写真に撮っていた。吉井勇や島村抱月、与謝野晶子が好きだった。あてどなく辺りの風景を写真に収めながら私は次に向かうべき場所を模索していた。この宇宙で一時の生命を授かり、朝露のように去りゆくその刹那、この時に夜の祇園を逍遥する。遠い過去に埋もれてしまった記憶をたどってみても、あまりに遠くて呼び覚ませない大切な何かがあるのだろうか。アキレスと亀のパラドックスのように、今という瞬間は存在できないのだ。この瞬間は既に過去という次元に飲み込まれ薄れゆく記憶の海に沈殿する。未来と呼ばれる方向から新たな時空間が出現してはまた過去と呼ばれる次元軸の方向に消えてゆく繰り返しなのだ。その夜、花見小路通りを彷徨いながらも私の向かうべき目的地はついに見つからなかった。