ヤマカガシの腹の中から仲間に告げるゲリゲの言葉 -草野心平-

まだ7月になったばかりだというのに、歩道の焼けたアスファルトはあまりにも熱く、磨り減ったサンダルのアウトソールが今にも融けてしまいそうなので、ここはじっと我慢をして部屋にこもり、押し入れの中から草野心平を引っ張り出してはおとなしく鑑賞してみる。「死んだら死んだで生きてゆく」を「死んだら死んだで考える」と記憶違いしていたことに気づいてしまったトホホな日曜の昼下がり。

ヤマカガシの腹の中から仲間に告げるゲリゲの言葉

痛いのは当り前じゃないか。
声をたてるのも当りまへだらうじやないか。
ギリギリ喰はれているんだから。
おれはちっとも泣かないんだが。
遠くでするコーラスに合はして歌ひたいんだが。
泣き出すことも当り前じゃないか。
みんな生理のお話じゃないか。
どてっぱらから両脚はグチヤグチャ喰ひちぎられてしまって。
いま逆歯が胸んところに突きささったが。
どうせもうすぐ死ぬだらうが。
みんなの言ふのを笑ひながして。
こいつの尻っぽに喰らひついたおれが。
解りすぎる程当然こいつに喰らひつかれて。
解りすぎる程はっきり死んでゆくのに。
後悔なんてものは微塵もなからうじゃないか。
泣き声なんてものは。
仲間よ安心しろ。
みんな生理のお話じゃないか。
おれはこいつの食道をギリリギリリさがってゆく。
ガルルがやられたときのやうに。
こいつは木にまきついておれを圧しつぶすのだ。
そしたらおれはぐちゃぐちゃになるのだ。
フンそいつがなんだ。
死んだら死んだで生きてゆくのだ。
おれの死際に君たちの万歳コーラスがきこえるように。
ドシドシガンガン歌ってくれ。
しみったれいはなかったおれじゃないか。
ゲリゲじゃないか。
満月じゃないか。
十五夜はおれたちのお祭じゃあないか。

詩集「第百階級」より -草野心平-